赤塚不二夫逝く

赤塚不二夫逝く

ギャグマンガ「天才バカボン」や「おそ松くん」
「ひみつのアッコちゃん」

でおなじみの漫画家 赤塚不二夫さんが
8月2日肺炎のために亡くなられました(享年72)


2002年に脳内出血で倒れて以来、
好きな お酒を飲みながら?闘病を続けておられたのですね。
近年は、意識不明の状態が続いておられたらしいですが。


わが家は全員が彼の漫画の大ファンで
息子や娘たちが中・高生時代はいつも

「シェー!」とか
「これでいいのだ!」とか
「(おでかけですか?)レレレのレ」
が家中飛び交っていました。

  ご参考までにギャグの出元は

  『シェー!』(おそ松くん、イヤミ)

  『これでいいのだ!』(天才バカボン、バカボンのパパ)

  『賛成の反対なのだ!』(天才バカボン、バカボンのパパ)

  『不思議だが本当だ。本当だが不思議だ』(天才バカボン、バカボンのパパ)

  『クリーン、クリーン、クリーン…おでかけですか?レレレのレ!』(天才バカボン、レレレのおじさん)

  『タイホする!』(天才バカボン、おまわりさん)

特に天才バカボンのパパのキャラクターは破天荒でなんとも言えぬ
味わいがあり、
ステテコにセッタ履き、ねじりハチマキ姿はお父さんには真似してほしくないですが、
(フーテンの寅さんと同じね)

今思い出しても日本いち有名なギャグ「これでいいのだ!
はなんとも含蓄のある日本語だと思います。

失敗したり、心が傷ついて落ち込んだときも、

「これでいいのだ!」と明るく自己肯定するのが大事かもしれません

ね。

「思い出のヒトコマ」

長男が浪人してやっと合格した東京大学へ入学する為に、

大阪の自宅を出発するとき

門のところで見送った中・高生の妹弟たちが


「お兄ちゃーん!シェーなのだ!」


兄は真面目くさった顔で

「これでいいのだ!」と大声で右手のゲンコツを上げて
 答えていたシーンが

今でも漫画のヒトコマみたいに思い浮かびます
(これって息子ジマン?。でももう?十年も昔のことだから
  許されるのだ!)

 これでいいのだ!がその後どうなったかって…??

 興味のある方は右サイドのアマゾンで自著「おかんの法則」
 検索してね。



赤塚不二夫の愛していた猫
「菊千代」も、死んだフリやバンザイのできる芸達者な猫で
CMに出演したりで有名でしたね。

中年以降の彼の風貌しか知らなかったですが、
今回の訃報のニュースで若い頃のお顔を拝見したら、
とってもハンサムでびっくり。

有名になる前の漫画家が集まって住んでいた「トキワ荘」では
一番の美青年だったとか。

2003年には、東京都青梅市に
地元商店街の協力で「青梅赤塚不二夫会館」がオープンしたそうです。

逆立ちポーズのバカボンパパやイヤミ、
そしてレレレのおじさんなどの彫像があり、

展示室には漫画原稿、キャラクターグッズなどのほか、
初めて見て感激したという外国映画「駅馬車」の看板、
タモリやモハメド・アリなどとの
スナップ写真も展示されていて…


昭和が生んだギャグマンガの巨匠を偲び、同会館では記帳も
行われている、そうです。

<合掌>


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posted by 茉莉 at 15:21 | Comment(0) | TrackBack(2) | 日記
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「これでいいのだについて」
Excerpt: 筋少の大車輪 「これでいいのだについて」 赤塚不二夫先生の訃報を聞き、悲しんでいた陽平青年はふと思い出したのだった。 そういえば、筋肉少女帯は「これでいいのだ」という曲を演奏していたのだ..
Weblog: 試みの水平線〜常見陽平公式ブログ〜
Tracked: 2008-08-06 00:34

「私もあなたの数多くの作品の一つです。」
Excerpt: 天才バカボン (小学館文庫―赤塚不二夫名作選) 「私もあなたの数多くの作品の一つです。」 森田一義さんによる、赤塚不二夫さんに捧げる弔辞。 泣ける…。 8月の2日に、あなたの訃報に..
Weblog: 試みの水平線〜常見陽平公式ブログ〜
Tracked: 2008-08-07 13:43
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